北原研究所

ブログ

Kanako Kitahara's Blog

ブログ

「パーレーの万国史」という本

  • 歴史
  • 津軽
Pocket
LINEで送る

明治初期、「パーレーの万国史」と呼ばれる本がありました。原題は

Peter Parley’s Universal History, on the basis of geography, (Ivison, Blakeman, Taylor & Co,1870

です。

これは、ピーターおじさんが世界の歴史を語るという形式で書かれた本で、福澤諭吉が日本に持ち込み、福澤塾で使ったことからその教え子たちを通して全国的に広がり、文明開化期の日本では英語力を推し量る指標となりました。

三宅雪嶺、長谷川如是閑など、多くの知識人たちにも影響を与えたとも言われています。青森県民の身近なところでは、羽仁もと子も八戸にいた時代、この本で勉強していました。弘前の東奥義塾でも使われたようです。

文明開化期の日本では、世界史や世界地理についての日本語によるテキストはなく、原書をそのまま読んでいました。従って、生徒たちの英語力は必然的に高かったので、カナダ・マギル大学教授の太田雄三先生は、この時期に学生だった人たちのことを「英語名人世代」と名付けています。

このパーレーの万国史、19世紀アメリカの出版業者で文芸誌『トークン』の編集者だったサミュエル・G. グードリッチの企画「ピーター・パーレーもの」の一つだったため、作者がだれか、今ひとつはっきりしていませんでした。

真相が明らかになるのは、昭和に入ってからです。なんと、これは『緋文字』で有名なアメリカの作家、ナサニエル・ホーソーンが若い頃に姉のエリザベスに手伝わせて書いた本ということが明らかになりました。この辺については、東北大学名誉教授の阿野文朗先生が論文や本をお書きになっておられます。

たとえば、ナサニエル・ホーソーンを読むー歴史のモザイクに潜む「詩」と「真実」ーをぜひご覧下さい。

『パーレーの万国史』は、日本の明治初期から中期にかけて使われたさまざまな英書の中でも、抜群に人気がありました。出版元であるアイヴィソン・ブレイクマン・テイラー社には、日本からの注文が多く届いたことから、とうとうこの本の1874年改訂増補版には、日本に関する記述部分に「本からたくさんの注文を受けた本」との但し書きまで追加されました。

では、この本の中で日本についてどのように書かれているか、ですが、これはそもそも初版がでたのが1837年のことでしたので日本は鎖国してた訳で、情報がとぼしいことから史実としてはかなり不正確です。しかし、歴史書から英語のテキストとしての存在へとかわって行きます。なんといってもホーソーンの文章力の影響だったのかもしれません。

弘前でも、この本は読まれました。次回はそのパーレーの万国史を勉強していたノートについてご紹介したいと思います。

パーレーの万国史を講じた福沢諭吉

パーレーの万国史を講じた福沢諭吉

 

 

Pocket
LINEで送る