Kanako Kitahara's Blog
弘前市石川には私立の東奥義塾高等学校があります。ここは、もともと弘前藩学校稽古館を引き継いで明治五年に設立されています。
先にこのブログで紹介したように、去る2月23日に、弘前大学人文学部において「東奥義塾高校所蔵旧弘前藩藩校「稽古館」資料調査報告会」が開かれました。これは弘前大学人文学部・弘前大学地域未来創生センターと本研究所との共催です。
そこで「東奥義塾の設立と洋学資料について」とのタイトルでお話ししました。そのときの様子が、東奥義塾高等学校HPに出ていますので、ご関心のある方は次のURLをクリックしてご覧下さい。
当日は、弘前大学人文学部の日本語学や日本古典文学、日本古代史、中国史、中国古典文学などさまざまな専門分野の研究者が、それぞれの視点から東奥義塾に所蔵されている、弘前藩藩校稽古館の蔵書についての研究発表を行いました。
こうした研究会ができるほど、東奥義塾に所蔵されている書籍類には重要なものが含まれています。特に津軽家藩主の所持本だった「奥文庫」の書籍類は、大切に大切に保管されてきました。近世弘前藩時代の貴重な書籍がとても良い状態で今に残っているのは、東奥義塾歴代図書館長を初めとして、多くの人々の努力の賜物と思います。
その努力と言いますか、本に対する想いの一端を伝えるエピソードを一つ紹介したいと思います。
私が、東奥義塾所蔵の洋書(主に英語で書かれた本)研究を始めたのは、もう20年以上も前のことでした。東奥義塾の古文書室に毎日通い、古い洋書に向き合う日々が続きました。そのとき、調査を進める上でとても助けになったのは、かつての調査記録でした。そこで、その調査記録を残した元図書館長の故戸沢武先生をお訪ねして、いろいろと教えていただく機会を得ました。
戸沢先生の、旧藩校蔵書に対する敬意と愛情は、あふれんばかりのものでした。特に印象に残ったのは、戸沢先生が図書館長在職中に起きた宮城沖地震のときのことです。激しい揺れで図書館の書棚は倒れ、弘前藩以来の洋書や古典などの書籍類が床に散らばってしまいました。地震から避難するために生徒たちが、本を踏み越えて走って通り抜けようとした時、戸沢先生は生徒たちを厳しく叱ったそうです。「踏むな!」と。
「殿様の本の上を走るなど、許されることではない」と語った先生のお顔は、忘れられないものになりました。東奥義塾とは、まぎれもなく「藩校」だったと感じた瞬間でした。東奥義塾の書籍類は、こうして「殿様の本」に敬意をもつ多くの方々によって支えられて、今に至っているわけです。
東奥義塾に所蔵されている本は、この地方の歴史を見る上でも、とても興味深いものがたくさんあります。弘前大学の「東奥義塾高校所蔵旧弘前藩藩校「稽古館」資料調査」研究会の先生方の研究もとても興味深く、人文分野からの地域貢献であると思います。実に充実した研究会で、今後の発展が期待されます。